真言密教とは(1)


密教とは

密教とは、釈迦の教えを民衆に分かりやすく説こうとする大乗仏教(顕教)とは違い、閉ざされた師弟関係によって口伝される「秘密の教え」です。内面の世界で自己を破り、仏と合一することを目指すため、神秘主義の一種とも考えられます。

また、現世で生きたまま成仏ができる(即身成仏、瞑想したままミイラ化する即身仏とは違う)と説いていることも、密教の特徴です。

密教は、6世紀から7世紀にかけてのインドで成立しました。その頃のインドではヒンドゥー教が再び勢力を拡大していました。仏教はヒンドゥー教に対抗して信者を獲得するため、土着の信仰を取り入れ、特に呪術や儀礼を強調するようになりました。

初期の密教が取り入れた雑多な呪術はやがて整理され、「大日経」や「金剛頂経」として体系化されます。空海が唐で学び、日本に伝えたのはこのインド中期密教でした。

一般の人々は、顕教とは違って密教の教義はよく理解できなかったものの、その神秘的な儀礼や恐ろしげな言葉に呪術的な魅力を感じていました。日本で密教が発展したのも、怨霊を恐れる平安朝の貴族たちが、加持祈祷の効果を期待したためです。

日本の密教は古くからの山岳信仰とも融合し、やがて神仏習合の修験道となって民衆にも広がりました。そういう意味では、キリスト教がアフリカの土着信仰と融合したブードゥー教とも通じるところがあります。

後期密教と性秘儀(ヨーガ)

中期密教の後、インドで発展した後期密教は、ヒンドゥー教シャークタ派のタントラなど、シャクティ(女性的なエネルギー、性力、女性器)信仰の影響を強く受けました。

その結果、後期密教では性交によって仏と一体化し、呪術的な能力を発揮することができると考えられるようになりました。それまでの仏教と違い、性行為はタブーではなくなり、解脱を目指す性的な修行(性秘儀、ヨーガ)も行われました。

こうしてヒンドゥー教や様々な土着信仰を取り入れた結果、インド仏教は釈迦の教えからかけ離れてしまい、ヒンドゥー教との違いが曖昧になって衰退していきます。

その後、後期密教はチベット仏教に受け継がれました。15世紀にチベット仏教・ゲルク派を開いたツォンカパは、釈迦の教え(顕教)を再評価し、密教教義の捉え直しを行います。そして修行者には戒律を守るように求め、僧侶が異性と交わることは釈迦の教えに反するとして、性的な修行は観想上に留めるよう定めました。

日本の密教でも性交を菩薩の境地としているものの、一部の宗派を除いて性秘儀は取り入れられていません。これは、空海たちが密教を学んだ唐では儒教の影響が強く、性道徳に反する後期密教が受け入れられなかったためだと考えられています。

真言宗とは

真言宗は、空海が唐で恵果から受け継いだ密教を発展させ、開祖した宗派です。

「真言」とは、仏陀の言葉を翻訳せず、サンスクリット語のまま音写した呪文のようなもの。「奥深い仏の教えはそう簡単に理解できるものではない」という考えから、安易に翻訳して論理的に考えるよりも、原語のまま唱え続けることで、直感的に「仏」を感じることを求めています。

真言宗の本尊は、仏教の太陽神とも言うべき「大日如来」です。大日如来は「永遠不滅の真理そのもの」であり、全てのものを作り出す存在です。そういう意味で、キリスト教などの「神」や汎神論(全ての物体が神そのものであるという哲学)とも共通するところがあります。一方で神仏習合の立場からは、神道の太陽神である天照大神と同一視されることもあります。

教典は、密教の理論を説く「金剛頂経」と修行の実践法を説く「大日経」が中心です。修行には、理論と実践の両方が必要だとされます。

真言宗は、仏教の中でも特に宗祖に対する信仰が篤い宗派です。名前が呼ばれる頻度から言っても、奇跡伝承の多さから言っても、弘法大師・空海の存在はキリスト教におけるイエスに匹敵します。






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